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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10626号 判決 1970年6月24日

被告 東京相互銀行

理由

一、本件建物が原告の所有であること、本件建物につき別紙登記目録記載のような登記のなされていること、それによれば被告が本件建物に対し根抵当権及び代物弁済契約予約上の権利を有していること、また別に原告主張のような公正証書が存在し、それによれば原告が被告に対し原告主張のような債務を負担したことになつていること、これらの事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、原告は被告に対し右登記簿、公正証書に記載されたごとき債務を負担したことがなく、連帯保証契約、根抵当権設定契約、その元本極度額変更契約、代物弁済契約等いかなる契約も締結したことがないと主張し、被告の右登記簿、公正証書の記載がいずれも真実であるとの主張を争うので、以下これを検討する。

《証拠》を綜合すると、次のような事実が認められる。

すなわち、東洋建設工業は被告銀行から継続的に融資を受けるため昭和三三年六月二七日頃被告との間にいわゆる手形取引契約を結んだが、右契約締結に際し東洋建設工業の役員全員が会社の債権を個人保証し、各自所有の不動産を担保に提供する運びとなつた。当時右東洋建設工業の取締役は関根寿、花村国治、高橋英蔵、杉崎米治らであつたので、右関根らは互にこれを了承し、各人それぞれ担保を提供し、連帯保証人になることにしたが、高橋英蔵のみは同人名義の不動産がなく、担保に供しようと考えた同人居宅の本件建物が原告の名義になつていたため、他の取締役が各自自分の実印と印鑑証明を持参する際には常に原告の実印と印鑑証明を持参して行動を共にした。かくて、まず昭和三三年六月二七日頃被告と最初の契約締結に際しては右英蔵が他の取締役等と共に被告銀行に赴き、契約内容の取決めに立会い、東洋建設工業が被告銀行から爾後手形貸付を受けて生ずる債務については、他の取締役とともに原告がこれを連帯保証し本件建物につき元本極度額を金三〇〇万円として根抵当権を設定し、債務不履行の際は代物弁済に供してもかまわない旨の停止条件付代物弁済予約の締結に同意するとともに、被告から交付を受けた手形取引約定書(乙第一号証)、根抵当権設定等契約書(乙第一〇号証の五)、登記申請用の委任状等の書類に原告の実印を押捺し、岩手県一関市から取寄せた印鑑証明書とともに被告に提出した。別紙登記目録(一)(二)記載の登記は右の如くして高橋英蔵の提出した委任状、印鑑証明書等をもとにして被告において手続したものである。こうして東洋建設工業と被告銀行との間に手形取引が開始され、東洋建設工業は被告から融資を受ける度に同額の約束手形を被告宛振出し、期日に支払わないときには手形を書替えるという方法で昭和三三年六月二七日頃から昭和四一年八月頃までの間取引を継続したが、この間東洋建設工業から被告に交付された振出手形、書替手形の数はおびただしい数に上る。そうして右手形にはいずれも原告が他の取締役とともに連帯保証人として手形保証した記載があつたが、これはその都度高橋英蔵が東洋建設工業の経理担当重役で被告との接渉を専ら担当した花村国治(取締役)らから説明を受けて自宅から原告の印を持参し記名印の下に押捺したものである。なおこの間被告銀行と東洋建設工業及びその連帯保証人との間には次のような元本極度額変更契約、書類の交換、公正証書作成等のことが行われた。

昭和三七年三月三一日頃

前記昭和三三年六月二七日締結の根抵当権設定契約の元本極度額を金五〇〇万円に変更する契約。そしてその旨の根抵当極度変更契約証書(乙第一〇号証の二)を作成し、原告を含む前記連帯保証人の提供した担保物件につき極度変更登記がなされた。

昭和三八年九月三〇日頃

前述昭和三三年六月二七日頃の契約締結の際被告に対しさしいれた手形取引約定書(乙第一号証)の書式を縦書きから横書き形式に改め、昭和三八年九月三〇日付で手形取引約定書(乙第二号証)を新に作成した。

なお同日被告は東洋建設工業に対し関根、花村両取締役と原告の三名を連帯保証人とする連名の記名押印ある同額の約束手形(乙第八号証の一)の交付を受けるのとひきかえに金一、五〇〇万円を貸与した。

同年一〇月二三日頃

右一、五〇〇万円の貸借につき、原告主張の如き内容の公正証書(甲第一号証、乙第四号証の一)が作成された。右作成にあたつては、原告名の委任状、印鑑証明が高橋栄蔵から被告にさしいれられたので、被告側においてこれにもとづいて作成の手続をとつたものである。

昭和三九年五月三〇日頃

この日にも被告は新規に東洋建設工業に対し金五〇〇万円を手形貸付した。東洋建設工業の被告宛振出した同額の約束手形にも従前同様原告及び関根寿、花村国治の連帯保証人としての記名押印がある(乙第九号証の一)。

なお同日手形取引約定書のさし替えが行われた(乙第三号証)。

同年六月二日頃

前記昭和三三年六月二七日締結の根抵当権設定契約の元本極度額を金一、五〇〇万円に変更する契約が締結され、根抵当極度変更契約証書(乙第一〇号証の一)が作成された。そして翌三日本件建物等担保物件に極度変更登記が経由された。

同年八月一〇日頃

右同年五月三〇日貸付にかかる五〇〇万円の貸借につき公正証書(乙第五号証)が作成された。その作成の方法は従前のものに同じ。

右作成にかかる手形取引約定書、根抵当極度変更契約証書、約束手形等の書類にはすべて原告の印が押捺されているし、公正証書、登記手続等は原告名の委任状と印鑑証明書にもとづきなされたものであるが、これらはいずれもその都度高橋栄蔵が前記花村国治、関根寿らから説明され、原告の印鑑証明を調達し、自宅から原告の印を持参して捺印したものと認められる。

さて、右にみた限りでは原告と被告との間の上記連帯保証、代物弁済契約、根抵当権設定及びその極度変更等の諸契約はすべて原告に関する限り高橋栄蔵がその衝にあたつたものと認められるけれども、右にしるしたように昭和三三年六月頃から昭和三九年五月頃までの間栄蔵が原告の印鑑、印鑑証明を必要としたことは多数回に及ぶのであり、その都度栄蔵が原告の印鑑を自宅から東洋建設工業に携行したものであること、この間原告はおおむね栄蔵と本件建物に同居し世帯を一つにしていたと認められること(成立に争いない乙第一二号証、高橋栄蔵の証言及び原告本人尋問の結果)、栄蔵が原告の長男であり(成立に争いない乙第一三号証)、原告は夫東蔵の死亡後右の如く主として栄蔵に扶養されていたが、栄蔵が東洋建設工業の他の取締役とともに会社のため担保を供するとすれば前認定のごとく本件建物をおいて他に無かつたのであり、また別に原告は昭和二七年一二月頃栄蔵が訴外芝信用金庫から融資を受けた時には本件建物に抵当権を設定することにつきあえて異を唱えなかつたこと(原告本人尋問結果)更にまた栄蔵は前記の如く本件諸契約の締結に当つていた頃、東洋建設工業の関根社長や被告銀行の行員に対し、母たる原告の了解を得ている旨を述べたことがあること(証人高橋栄蔵、草刈英二の各証言)や、証人花村国治の証言によれば、右栄蔵が本件建物を東洋建設工業の担保に供している以上その火災保険料ぐらいは会社が持つべきだということを原告の意見だとして発言したことのあること、これらの事実を綜合考察するときは、原告は本件建物を東洋建設工業のため担保に供し、同社の債務を連帯保証することを事前もしくは中途で知つてこれを了承したものと認めるのが自然であつて、また少くとも原告は本件建物を長男栄蔵の債務のため担保に供することにはあえて異見を有せず、その事務処理等を栄蔵が自己の一存で進めることについても、黙示裡にこれを長男栄蔵に包括的にまかせる態度をとつていたと解せられる。そうだとすれば、英蔵から前記諸契約の締結に際し、その都度逐一正確な説明まではたとえ受けなかつたとしても、原告は英蔵に対し前記諸契約の締結にまかせていたものと解すべきであるから、今になつて原告が前記諸契約の無効を主張することは許されない。

右判断に反する趣旨の証人高橋英蔵の証言及び原告本人尋問の結果はたやすく措信できない。

三、以上によれば、原告主張の連帯保証契約、根抵当権設定契約、その元本極度額変更契約、代物弁済予約等の諸契約はいずれも原被告間に有効に成立したものと解すべきであり、別紙登記目録記載の各登記も有効というべきであるから、これらの無効を前提とした原告の本件請求は、いずれも棄却を免れない。

よつて、原告の請求をいずれも棄却

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